- ISSUE#02-3
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REVIEW – Pesticides Impact
October, 2021
October, 2021
Exhibition #02の作品より、長尾洋の作品をレビュー。殺虫剤、除草剤などのパッケージをコラージュしたその作品が指し示す、ニンゲンが生態系に与えているその現状を知る。
空で何かが燃え落ちている。おそらく何かがコラージュされているそのモチーフをよく見ると、市販されている殺虫剤や除草剤のパッケージが素材となっているようだ。そしてそのパッケージたちが型どっているのは、蝶に見える。空は颯爽と蒼く、入道雲が力強く踊る中で燃えるその炎は、夏の空気に咲く花火のように美しささえ感じさせるのだが、やはりその蝶々を型どるカラフルなパッケージが歪さを浮き上がらせている。その歪さが、何かを訴えていることは間違いないのだ。
ここで、作者である長尾洋の言葉を引用する。
「たくさんの大型マンションが建ち並ぶ景色をすぐそこに眺められる私の住むところは、名古屋市を出てすぐの人口10万人に満たない市だ。まだまだ田んぼや畑、雑木林が多く、たくさんの昆虫、爬虫類、小動物にもよく遭遇する。時にはハイタカやオオタカまでもが飛来してくるぐらいで、私にとっては毎日違った発見をさせてくれる、実に楽しい場所である。
ある日、いつもの通りに愛犬を連れて散歩に出かけると、普段近所の子どもたちとすれ違う小道に生えてくる雑草に、除草剤をドボドボと散布する男性を目撃した。そういった除草剤は体や土壌には影響はないと謳うものの、農地や畑には使用するなという、ありきたりな矛盾を孕む、ツッコミどころ満載の警告文がパッケージには書かれている。地面により近い1mそこそこの背丈の子ども達、また、そこに住む小動物、昆虫、爬虫類などの生態系に影響がないわけがない。
近代に入り、飛躍的な科学技術の発展で、私たちはあらゆるものをコントロールしてきたつもりでいる様だが、長期に渡ってのリスクや不利益、不具合などを顧みず、その時だけ、自分だけが良ければいいことばかりを推進してきてはないだろうか? 私が子どもの頃にそこらじゅうで飛び回っていたニホンミツバチは目下減少中である」
■ミツバチ大量失踪事件
ISSUE02-2では生物多様性が失われつつあることに触れたが、長尾洋の言葉にある通り、日本で、そして世界中でミツバチが大量に姿を消しているという。1990年代にヨーロッパで始まったこの現象は、蜂群崩壊症候群(CCD)とまで命名され、2010年時点では北中南米、インド、中国、日本、オーストラリアなど世界中で、同じような現象が確認されている(*1)。これは、長尾が殺虫剤や除草剤を用いて指摘することと同じように、ニンゲンが使用する農薬が原因であるということが言われている。
2012年、世界を代表する科学誌「Science」や「Nature」に、ネオニコチノイド系農薬がミツバチ大量死に関連することを指摘する論文が掲載された。この農薬は、昆虫の脳や中枢神経内にある神経伝達物質アセチルコリンの正常な働きを妨害し、帰巣本能を侵され巣に戻れなくなったり、異常興奮を引き起こし死に至らしめるというのだ。それを受けてEUでは、2013年末よりこの農薬の3成分を使用中止し、その他の国もそれに続いて規制をしている(*1)。ちなみに日本では規制が遅れているどころか、残留農薬基準の緩和をするなど、後進的な対応をとっている。
■昆虫一種がいなくなったところで……?
よく虫嫌いの人がゴキブリに遭遇すると、「絶対ゴキブリこの世に必要ないでしょ、マジいなくなってほしい」といったような冗談を言う。果たしてこの世から消え去っても全く影響のない生命というのはあるのだろうか? ミツバチ一種(実際はミツバチといってもその中で2万種ぐらいいるらしい)が消え去ることで、何が起こるというのだろうか?
自然界では被子植物(花の咲く植物)のほとんどが野生のミツバチをはじめ、チョウやガなどのポリネーターと呼ばれる「花粉媒介者」に頼って種子を作り、次世代を残している。ポリネーターは受粉によって植物の多様性を維持し、森林や里山などを豊かで安定した生態系にする役目を果たしているのだ。
それだけでなく、世界の農作物生産量の35%はこうしたポリネーターの受粉によるもので、ミツバチがいなくなれば農業は壊滅的な被害を受けることになるし、もちろん蜂蜜も食卓から消えてしまう。ニンゲンにとっての影響ということだけでも、ミツバチの減少や絶滅が与えるインパクトは想像を超えて大きそうだ。
■思想のコラージュ
ニンゲンが目先のみの利益や合理性を優先することが、蝶々を燃え落とす。冒頭の作品に戻るが、長尾洋はこのメッセージを、亀倉雄策「ヒロシマ・アピールズ」(1983)の著名な作品をオマージュすることで表現した。「ヒロシマ・アピールズ」は、原爆の記憶を絶やすことなく、平和を希求する想いを伝えるために制作された作品だ。原爆は人が人を殺めるためであったが、そういったニンゲンの愚かな傲慢を、長尾は今回の展示を通して同じように伝えたかったのだろう。この「ヒロシマ・アピールズ」という作品を、自身が犬の散歩で通る道で遭遇した除草剤から着想し、ニンゲンの傲慢に繋げ合わせて表現することこそが、思想のコラージュでもあると言えよう。長尾洋というコラージュ・アーティストだからこそできた、見事な作品である。
*長尾洋「PESTICIDE IMPACT」の作品及びポスター販売はこちら
*1 – NPO法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議(JEPA)「新農薬ネオニコチノイドが脅かすミツバチ・生態系・人間」Nov 20, 2016
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