ISSUE#02-2
REVIEW – Biodiversity
September, 2021

Exhibition #02の作品より、「生物多様性」をモチーフにした、スズキエイミと花梨の2作品をレビュー。そのレビューを通して、生物多様性とは何か、そしてそこで起こっている問題とは何かに触れる。

花梨 / 車でジャガーを見に行く。人口の水の中で鯨が泳ぐ。赤い世界。(2021)

 

ニンゲンは自然を必要としながらも、自然を切り拓く。ビルディングの中で暮らすため、そして繁殖し続けた大量のニンゲンを贅沢に養う、大量の食糧を生産するため。動物や昆虫たちが住処を奪われ、絶滅に追いやられる都市開発や農地開拓。更に、この赤い世界の中では、自然を切り拓いたニンゲンが、自然を求めて車や飛行機(作品では気球で表されている)に乗り、ジャガーやクジラ、絶滅危惧種に指定されそうな鳥を見に行く矛盾が表現されている。

この作品の作者である花梨は「環境問題を始め、今世界で起きていることの情報は溢れかえっていて、知ってはいるのに、どこか当事者意識がない。それは全てが見えすぎているからかもしれない」と話す。作品に散りばめられた、ペットボトルと化したニンゲンは、もはや思考することを拒否した使い捨てのゴミとなってしまうのだろうか。それともかろうじてリサイクルされて、地球に残っていくことができるのだろうか?

 

■「生物多様性」という言葉の存在

この作品では、ニンゲン(ペットボトルと化しているが)やジャガー、クジラや色鮮やかな魚たち、南国の鳥と木、はたまた畑の地中に存在するであろうミミズやモグラやバクテリアまで、多様な姿の生物が存在している。直接的にも間接的にも、この生きものたちは繋がっており、どれをとってみても自分一人や一種だけで生きていくことはできない。これら命の繋がりを「生物多様性」と呼ぶ。

この「生物多様性=Biodiversity」という言葉が生まれたのは、実はごく最近のことである。1985年、2つの言葉「生物的な=biological」と「多様性=diversity」を組み合わせた形で「Biodiversity=生物多様性」という言葉が作られた。なぜか。それは、20世紀後半から、ニンゲン活動によって急激に進み始めた自然破壊と気候危機により、多くの生物が減少し、絶滅に追い込まれる事態が起こり始めたからだ。地球の「生物多様性」が大きく損なわれ始めたことによって、世界の科学者や環境保全を考える多くの人たちが、この言葉を生み出し、頻繁に使わなければならない事態になったからなのだ。

 

■貴重で未知な生物多様性の喪失

熱帯雨林における生物多様性の豊かさについて、このような話がある。1980年、中米パナマの熱帯雨林で調査をしていた生物学者たちは、飛び上がるほど驚くような事実に遭遇した。熱帯雨林に自生する19本の樹木を調べてみたところ、1,200種ものカブトムシが見つかり、しかもその8割が、これまで存在が知られていなかった新種だったのだ(*1)。森全体に視野を広げてみたとき、そこには一体どれくらい未知の生物が息づいているのか、想像することすら、容易ではないほどだ。

しかし現在、毎年1,000種から1万種の生物が、この地球上から姿を消している可能性が、科学者から示唆されている。1970年〜2016年の間に、野生の脊椎動物(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類)は、平均68%も減少したのだそうだ(*2)。

もちろん長い地球の歴史の中では、恐竜などをはじめとする、生物の大絶滅が幾度も起きてきた。しかし、現代に起きている生物多様性の喪失が、過去の大絶滅と決定的に違うのは、生物が絶滅するスピードが圧倒的に速いということ。そして、それがニンゲンという一種の生物によって引き起こされているという点だ。その速さは、ニンゲンが関与しない状態で生物が絶滅する場合の、1,000倍から1万倍になるといわれている。

その理由が、冒頭の作品レビューに戻る。ニンゲンによる自然環境の破壊や資源の過剰な乱獲、気候危機などによるものだ。その中でも、食糧生産(特に肉食)のために地球の陸域の75%をニンゲンが改変したことが大きい。多様な生物の住処を奪い続けているのだ。現在、地球上の哺乳類の60%が家畜、36%がニンゲン、そして野生動物はたったの4%となっている。

 

■”Unbalance”な生命の環

スズキエイミ / Unbalance (2021)

 

コンテンポラリー・アーティストのスズキエイミは、古典美術を現代に落とし込み、生き物の生と死、偏見を強く想起させて、美を表現している。本展における新作「Unbalance」では、弱肉強食という自然界における生命の環をテーマにしている。ニンゲンだけが大量の食べきれない食糧を作っては廃棄している、アンバランスな生命の環を形造っていることを、そのアシンメトリーな構図と、ニンゲンに食べられる運命の糸に吊るされた鳥たちで訴えているように見える。また、ここに描かれている白鳥は、かつてイギリスで高貴な食べ物として消費されていた。ニンゲンだけが、「食」を生きる術としてではなく、権力の象徴や贅沢品として消費することで、その生命の環を歪な形にしていないだろうか? 彼女の美しいタッチによる描写が、その歪さを強く訴えかけているように見える。

 

■燃える豊かな森、アマゾン

その”Unbalance”な生命の環が、歪みを生んでいる場所がある。南米に広がる、世界最大の熱帯雨林・アマゾン。地球上にある熱帯雨林の総面積の半分を占め、豊かな森と豊かな生物多様性が育まれている。しかし、ブラジル国立宇宙研究所(INPE)によると、このアマゾンでは2020年に、22万2798件の森林火災が確認されたという。2008年以来、最悪の焼失面積を記録した1年となり、1日に東京ドーム650個分、合計6億2,000万本の木が焼失した(*3)。

森林火災についてはISSUE#01-2でも取りあげたが、ここでの森林火災はまた違った背景がある。米航空宇宙局(NASA)の科学者のダグ・モートンは、衛星によってその実態を把握している。それは、火の手が農地の拡大を進めている地域で上がっているということ。それは経済活動が原因であることを示すデータである、というのだ(*4)。畜産農地や牧場のために、森林が焼き払われているということなのだ。

 

■足りない地球

本来、様々な資源をもたらす生態系は、非常に微妙なバランスで成り立っていたのだが、ニンゲンがこうして歪な生命の環を形造ったことで、生態系を破壊し、生物多様性を喪失し始めている。

ニンゲンの生活や経済活動で、消費し廃棄する量を測る指標「エコロジカル・フットプリント」によると、1970年以降、ニンゲンが消費し廃棄していく資源は地球の供給能力を超過し、自然資本を食いつぶしている状態だ。2020年には地球が1年間に生産できる範囲を約60%オーバー。つまり、地球1.6個分の自然資源を毎年消費している(*2)。

Unbalanceな生命の環にUnbalanceなニンゲンと地球。ただ、コロナウイルスが影響した2020年、エコロジカル・フットプリントは10%減少する見込みだという。それは、ニンゲンの行動が変われば、地球への負荷が軽くなることを意味する。果たして生物多様性の均衡が戻ることはあるのだろうか?

 

 

*1 – WWF JAPAN「生物多様性とは?その重要性と保全について」Oct 21, 2019
*2 – WWF JAPAN「過去50年で生物多様性は68%減少 地球の生命の未来を決める2020年からの行動変革」Sep 10, 2020
*3 – グリーンピース・ジャパン「2020年に地球で起きたこと。気候変動の状況、残された時間は?」
*4 – WIRED “Humans, More Than Drought, Are Fueling the Amazon’s Flames” August 22, 2019

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