- ISSUE#04-2
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STUDY – Fisherman’s Contradiction
May, 2024
May, 2024
海洋ゴミの中でも最も重量的に多い「ゴーストギア」が浮き彫りにする、ニンゲンの矛盾とは?
ゴーストギア。持ち主を失い、海を彷徨う漁具の幽霊。
この幽霊たちが、ニンゲンという存在の矛盾を浮き彫りにしている。
ISSUE #04-1 ”Plastic Coast -Tsushima-“では、海ゴミが増大し続けている問題により、日本海に浮かぶ対馬列島をはじめとした世界中の海岸に、漂着ゴミが堆積している現実に触れた。その漂着ゴミの大半はプラスチック製だが、私たちが都市で暮らす日常生活の中で排出されるプラスチックゴミに加え、もう一つ、海洋汚染の中で見過ごされがちな、大きなプラスチックゴミがある。それが「ゴーストギア」だ。
ゴーストギアとは、漁業から紛失、投棄により海に流れ出る漁網やロープ、ブイや釣り糸などの漁具のことを指す。毎年、世界の海に流出しているゴーストギアは推定で50万トンから115万トンで、例えば「太平洋ごみベルト」で浮遊する4.5万~12.9万トンのプラスチックを調査したところ、漁具が46%を占めていたという。
これらのゴーストギアが、ゴロゴロと人工岩のように対馬の海岸に積み重なっている。海岸を汚すだけでなく深刻なのは、海洋生物にとってこれらゴーストギアが、致命的に強大なゴミであるということだ。ウミガメ、アザラシ、海鳥などが不必要に漁網に絡まり、身動きがとれず、呼吸ができなくなり死んでいく。海底に沈み覆いかぶさることで珊瑚礁を傷つけ破壊し、イソギンチャクや貝などに堆積して窒息させる。破片となった発泡スチロール製漁具の浮遊プラスチックを餌だと認識し、誤食して健康被害を被る。
ニンゲンが愚かなのは、意図せずともこのように海洋生物の生態系を破壊し、それのみならず、ニンゲンが将来的に受ける海の恩恵を、自ら失おうとしている矛盾だ。ある研究では、ゴーストギアで混獲された野生生物の90%以上に経済的価値があると推定している。つまり、資源としても価値のある、そうした生きものたちの命が、無駄に失われている。対馬では、昔は豊富だった海藻が今や、全く収穫できなくなったそうだ(これは海洋汚染のみならず、気候危機による海水温上昇の影響も大きいと考えられる)。
それ以外にも、漁業者が被る経済的被害には、漁具自体の損失も含まれるし、海洋航海の障害物となる危険性もある。観光客が魅力を感じる自然景観を損ない、観光資源としての美しい海やビーチが、その価値さえも失ってしまう。対馬では青々と輝く美しい海で、シーカヤックやサップを楽しむことができるが、その最中にも海岸では多くの漂着ゴミを横目に見ているという現実が実際に起きている。
もちろん管理の行き届いた漁業で意図的に漁具を投棄せずとも、どうしても天候や技術的要因、人為的ミスで海へ逸失してしまうこともある。一方、意図的な例も少なくない。主に北半球の情報を用いて実施した調査による推定値だと、全世界で使用される漁網の5.7%、籠や壺などの仕掛けの8.6%、釣り糸の29%が、自然界に放棄、逸失されている。また、最も悪質な例として、漁業資源の乱獲にもつながっている、違法・無報告・無規制漁業(IUU漁業)がある。その実態を隠すためにかなりの量の漁具が海洋投棄されていると考えられている。
重量、サイズ的には漁具が多く見受けられる(対馬市)
海の恩恵を生活の糧とする漁業者が、自らのフィールドを汚してしまっているこの矛盾。自分たちの首を自分たちで締めてしまっているこの現実は、想像できないものなのだろうか? 漁業者でない我々には、こういった問題になってしまうこと自体が疑問にも思えてくる。
しかし、もう少し俯瞰してこの事態を眺めてみると、その疑問はすぐに自分自身にも降りかかってくるだろう。畜産のため、農業のため、森林が伐採され続けていることも、農薬をばら撒いて無数の生物や土壌を殺してしまうことも、ニンゲンが集まって山を切り拓き、コンクリートで道を埋め、ビルを建て生活を営んでいることも、我々の一挙手一投足がこの矛盾に繋がっているような気がする。
その矛盾を抱えながら、対馬の海岸に再度目を向けてみる。例えば、漂着ゴミの中に、韓国から流れ着いたと考えられているアナゴ漁の黒いプラスチック筒が無数に見受けられる。これは日本海で、先述した違法のIUU漁業を行う漁船が、船上などで取締りをされる際に証拠隠滅のため、海へその漁具を捨ててしまうことで、それが対馬へ大量に流れついていると言われている。
また、ハングル文字の入った大きな青いポリタンクも、無数に流れ着いている。これは韓国でも禁止されている危険な薬品が入っていたタンクであり、違法で安価に養殖海苔の漁網を消毒するのに使われているそうだ。これも証拠隠滅のため海に流していると言われている。環境省は2006年から調査を開始しており、2014年には日本海沿岸で1万4465個が1年間に確認されている事態だ。2017年2月〜3月には、たった1ヶ月で6000個以上が確認された例もある(*1)。
対馬の海岸多く見られるアナゴ漁具。韓国は日本に3,664千トンのアナゴを輸出している(2018年)
塩酸が入っていたとされる青いポリタンクが目立つ(対馬市クジカ浜・WORDS Gallery及びKeeenueによる視察、2023/8/3)
結局これは、我々が正当な漁業で収穫されていない魚を、安価だからといって無自覚に購入しているからIUU漁業が生まれてしまうわけだ。海外産の、どういった形で収穫されたか分からない安価なものより、多少高価でも、自らの住む地域で取れた水産物を消費する、地産地消を意識していれば、そういった事態は起こらないのかもしれない。自分たち一人一人の、一つ一つの買い物が今起きている問題に繋がっている。やはり矛盾を抱えているのは、他でもない自分たち自身なのだ。
ニンゲンは、目先の利益のために、自らの地球やニンゲン以外の生物を傷つけ続け、人類の未来さえも自ら危ぶんでいる。Fishermen’s contradiction is ours. 漁業者の矛盾はわたしたち自身の矛盾だ。決して他人事ではない。
<参考>
WWF JAPAN 深刻な海洋プラスチック問題の原因「ゴーストギア」を無くそう!2020/10/21
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4452.html
WWF JAPAN ゴーストギア発生予防対策・地域プロジェクト2022/5/30
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/5041.html
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